本セッションでは、Miyo Tatさんより、自然な翻訳を生み出し、意訳に自信を持てるようになるために必要な技法と心構えについて、以下のような流れで、英日訳文例と図解を用いた示唆に富む発表をしていただきました。
- 「直訳」と「意訳」
一語一語をなぞるように訳す「直訳」は、意味を正しく捉え、不自然な表現にならないよう工夫すれば、そのまま使用できる場合もある。一方、「意訳」では、まず原文から浮かび上がる全体的なイメージを映像化して、それを基に自分の言葉で表現することが望ましい。翻訳を原文の意味に近づけられるよう、文章の機能と意味の両面での等価性に気を配り、元の意味から大きく逸脱しないよう注意しなくてはならない。
- 自然な翻訳の作成
ここで最も重要となるのは、英語のままでイメージを掴むことである。英語話者と同じように原文の意味を捉えた後で、日本語への変換を始める。日本語に変換してから意味を考え直すという工程は望ましくない。
例:”noise“を即座に「騒音」と置き換えるのではなく、まず、「ドシンドシン」といった具体的なイメージを思い描く。
訳出後は英語の原文をいったん忘れ、日本語話者として、その状況をどう表現するのか検討してから原文に立ち返る。この間、類語辞典などを使用するとともに、各表現を選択した理論づけを行いながら、訳文が適切であるかを確認すると良い。
- 日本語と英語の違い
英語では動作主に注目することが多いのに対し、日本語では状況に焦点を当て、動作主を除外して、「(事態が)~のようになる」と表現する場合が多い。また、日本語には英語とは対照的に、動詞構文を好む、無生物主語構文を避ける、代名詞の省略や名詞への言い換えが多いといった特徴がある。こうした違いを認識した上で、(原文の流れに沿って頭から順に訳す)訳し下げと(順番を反対にして訳す)訳し上げも、効果を意識しながら臨機応変に使い分けると、不自然な翻訳を避けることができる。
- 意訳に対する自信を高める方法
英語のニュアンスやイメージを把握できることは翻訳作業の必須条件である。その上で、一語一語の英日比較をミクロレベルで行う直訳方式と、映像化された全体像の比較を行うマクロレベルの意訳方式の双方をバランスよく併用し、自分が行った訳語の選択を理論的に分析しながら、機能と効果の両面から訳文を検証すると良い。直訳か意訳かという二者択一ではなく、読者層や翻訳の目的、分野などを考慮しながら適切な訳を生み出す必要がある。さらには、日頃から意訳例を訳出・解析して、英日双方のインプットを怠らないことが、意訳に対する自信を高める鍵となる。
Tatさんが、系統立った理論に裏打ちされた翻訳作業を日々行っておられる様子が窺える、言語への真摯な熱意の感じられるセッションでした。意訳にはまずイメージの映像化を行うこと、各訳語の選択理由を論理的に考察することなど、翻訳の質を向上させるための数多くのヒントに出会えました。今後取り組むべき課題が明確になり、意訳の仕上がりについての掴みどころのない不安が少し解消されたように感じています。
■Shiho Fukuda Koski 福田志保
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