
Speaker: Shiho Fukuda Koski
Session Title: Framework and Strategies for Success in a Large-Scale Project
Review Author: 佐藤基(Hajime Sato)
大規模な翻訳プロジェクトを複数の翻訳者と協力し効率よく仕上げて行くには、どのような戦略やプロセスが必要で、どのような点に気をつければよいのだろうか。JLDメンバーでATA英日認定翻訳者の福田コスキ志保さんが、自らの経験をもとに語ってくれた。
ATAディレクトリから直接志保さんに打診があった大型の英日翻訳プロジェクトは、あるウェブサイトのリソースガイドと、PDFとしてダウンロード可能な資料集で、DTPまで含めたターンキー型の案件であった。リソースガイドは約8万ワードを3カ月(翻訳は2カ月)で、資料集は約4万ワードを2カ月(翻訳は1.5カ月)で仕上げた。
翻訳パートナーはJLDの仲間でもあるネビンズ典子さん、DTP担当は典子さんの夫のデイビッドさんにすんなり決まった。相談して見積もりを作り、依頼から5日で受注決定にこぎ着けた。準備段階では連絡用プラットフォームとしてGoogle Workspaceを選択。協業に不可欠なCATツールやファイル共有の方法については、最終的には双方がTradosを使用しファイルを都度交換することに落ち着いた。だが結論に至るまでは試行錯誤を繰り返し、他ツールを試したもののうまくいかずに時間をロスしたそうだ。
翻訳に直接関わる資料としては、用語集、参考資料リスト、スタイルガイドを作って共有し、随時更新していったほか、クライアントへの質問をまとめて管理する質問シートを作り、クライアントと共有。クライアントから回答を確実にもらえるように定期的に確認した。
翻訳に入ると、それぞれ担当部分を翻訳し、パートナーがそれをレビューし、原担当者が再度確認した。CATツール上の用語集はそれぞれが更新し、それらを定期的に統合・更新した。ここで注意したのは、想定される読者を意識した日本語表記の選択である。案件に即して誰が読者なのかを徹底的に考え、読者が読んで理解しやすいように用語を工夫した。対象のウェブサイトには過去の翻訳も存在したが、それが必ずしも適切ではない場合があり、自分たちの判断を優先した。
翻訳後は、DTPデザイナー向けに詳細な申し送り事項のシートを作成した。翻訳ミスやデザイン上の問題をPDFファイルで修正したほか、クライアントからのローカリゼーション依頼(写真やイラストの差し替えなど)にも対応した。
志保さんたちの経験から学べる教訓は色々あるものの、筆者が強調したいのは以下の点である。
- 直接受注+翻訳者同士の協働はフリーランス翻訳者の未来!
- 直接受注を増やすため、ATAディレクトリ、LinkedInプロフィール、ウェブサイトやCVSなどを常に更新して内容を充実させておく。
- 翻訳者や関連サービス提供者とのネットワーキングを日ごろから実践する。
- 迅速に見積もりを出せるよう、サービス料金体系をあらかじめ準備しておく。
- 用語集、参考資料リスト、スタイルガイド、質問シートを活用する。
筆者はプロジェクト・マネジャーとして長期にわたる大規模翻訳案件の経験があるが、志保さんのチームの仕事には大変感銘を受けた。まず感心したのは徹底的な想定読者の分析と、それに合致するきめ細やかな訳語選定である。用語集やスタイルリスト、クライアントへの質問シートも細部をおろそかにせず、配慮を重ねて作成された。翻訳者は誰でもある程度「細部への気配り・こだわり」を持つものだが、このチームのそれは極めてハイレベルだ。そして、その翻訳水準を維持しながら大量の翻訳を短期間でやり遂げたのは圧巻であり、クライアントの期待値を大きく上回るすばらしい仕事をされたのではないだろうか。
【編集】ハーバート朋子


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